かこ、と。
 下駄の鳴る音を聞いた気がした。
 確かに聞いた気がして振り向く。彼女の住む家のある方への道を。
 あっという間に暗く染まる、冬の町中。
 その中に、鮮やかな赤と白とを見た。
 足早に歩く彼女を、見た。

僕と彼女と彼女とのX日戦争 4

 ぴんと背を伸ばして歩く姿は、いつも通り。
 いつも通りなのに、少し足速だ。急いでいる。急いで―――…つい先ほど、僕がいた辺りと似た方向から、帰路についている。
「……、小町さん」
 声をかけてみた。白と赤の巫女服が、ぴたりと立ち止まる。
 けれど、それだけ。
 小走りでそちらに行く間、彼女が振り向くことはなくて。
 じわじわと予感めいた不安が広がる。
 …聞かれて、いた?
 どこから。
 どこまで。
 ……どんな顔で。
「…小町さん」
 追いついて、口を開く。
 いつも通りの表情をした彼女は、はい、と答えた。
「…今、帰りですか?」
「はい。少し山の方に登っておりましたから」
 何かを聞かれるより先に、思わずそう尋ねた。
 帰って来た答えは、やっぱりいつも通りで。
 なら気にせずに流してしまえと、そう、思うのに。
「……小町さん。さっきの、聞いて、ましたか」
「『さっきの』とは先ほど風矢さんがナーズさんと話していらっしゃったことでしょうか。…立ち聞きをする形になってしまいました。申し訳ありません」
 そう思うのに聞いた言葉に、それ以上のことを言ってこない彼女が痛い。
 …ああホント。僕が、聞いてばかりだ。
「どこまでですか」
「……全部ではないでしょうか」
 …気が、昂るのは。妬いてほしい、なんて。そんなんじゃなくて。
「……なんで君は、自分がひどいこと言われても平然としてるんだ」
「特別酷いことだとは思いません」
 おかしな噂を立てられても、自分の所為であることが? 自分をよく知りもしない相手に、勝手に品定めされていたことが?
 …酷いと、僕は思ったのに。
「……じゃあ怒ってくださいよ。僕だって…君に対して、変なことを言ったでしょう」
「風矢さんがおっしゃったのは、優しいことです」
「……どこが?」
「ご自分では気付かずともお優しい。かばってくださりましたから」
「…かばった、って…!」
 いや、かばったと言えばかばったのか? …あの風龍の言動にいらついたのは、ただ。己の気持ちを勝手に決められる気持ち悪さと、自分の好きなモノを否定される苛立ち。
 …彼女のことなんて、思いやって言ったんじゃないのに。
「あの方のおっしゃっていることは事実です」
「僕は君に気ぃ遣ってないしあんなんが言うような不満はない」
「風矢さんを疑っているわけではありません。
 しかし私は…貴方の期待にそうことはできないかもしれません」
 珍しく躊躇いをふくんだそれは、いつか聞いた言葉。
 そうだ、少し前。
 想いを告げたあの時にも、聞いた。

 また、聞くのか。そんな言葉を。
 まだ、全然、足りて、ないのか。

「………じゃあ」
 好きだとか、可愛いとか、愛してるとか。
 おくった言葉は、あんなのの言葉に劣るんだろうか。
 じりじりと胸が焼ける。苛立ちで。
「期待に、沿ってくださいよ」
 苛々して―――悲しくて。泣いてしまいそう、だったから。
 そんなみっともな顔なんて見られないように、抱き寄せてみた。
「今の『期待』、いいます。しばらく、このままで」
 出てきた声は、掠れていて。みっともない、と。思うのに。続く言葉も、似たようなもので。
「君が好きです。誰になに言われようが関係ないんです。大事なんです。…理屈じゃ、ないんです」
 みっともなく誰か一人を欲することなんて、嫌だったはずなのに。
「…僕がここまで開き直るまで、どんだけ葛藤したと思ってるんですか。ハタからみりゃあそりゃあ分かりやすい片思いだったんでしょうがね、肝心の君は気付かない。…どれだけ、僕が」
 こんな風に誰かにすがるのを、避けていたはずなのに。
 どれだけ。
「…僕が、君にひっかきまわされて。別物になったと思ってるんですか。
 これでこんなくだらないことをきっかけに捨てられたら僕は君を恨んで全力で追いつめますよ。付け回します。どっかにさらいます」
 肩のあたりを抱いたる手に力がこもる。
 見た目より頑丈なこの光龍の身体は、このくらいでは傷つかない。それでも痛みまでは消えるわけではないはずなのに。
「それでも風矢さんは酷いことをする方ではありませんよ」
 背中を撫でる手は、宥めるようだと思う。慰めるようだと思う。
 それをしたいのは、僕なのに。
「…なんなんですかその信頼は」
「優しい方だと知っていますもの。疑うことなどできません」
 どこまでもいつも通りの言葉に、じんわりと毒気が抜ける。
 彼女が軽く微笑む気配が、それが分かる自分が。じんわりと、あたたかい。
「…じゃあ、ついでに信じといてくださいよ。僕は君が好きです。愛してます」
 その暖かさに甘えて、囁く。ただ正直に、それだけを。
「毎日でも、言います。誰に何言われようと」
「…ありがとうございます」
 今、あれとの件は、片付いたのかもしれない。
 けれど、本当は。何も解決していないようなものなのに。
 わけもなく震えそうになる背中を撫でる手が、やはり好きで。
 それだけでいいと、思ってしまった。
 それだけで僕は、幸せになれるようだから。
「…君を幸せに、したいんですよ」
「幸せですよ」
 穏やかに返されて、もう、言葉は形にならなくなる。…今度こそ、泣いて、しまいそうだ。
 溶けた言葉を胸に、しばらくそうして、馬鹿みたいに腕に力を込める。
 ―――あまりに違う存在でも、同じにはならなくとも。
 広がる気持ちくらいは、同じならばいい、と。
 願いを口にしないまま抱きしめた身体から、少し早い鼓動が聞こえた気がした。

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ラスト、バカップル落ちだったはずなのに。なにがあった…?
そんな最後の最後で迷走し、長く長く長くかかったナズ子編、完結です。この後ベムヒナ目線で補完話。ただし本編優先。追いつけ時間軸ー。
それにしてもあて馬を書くのがえらい楽しかったです。よその子になんくせつけるのは心がずきずきでしたが。清々しいくらい利己的なのもたまにはいいもんですー。

●ラストの所為で入れるに入れられなくなった小ネタ。(ナズ子騒動が終わった後)
ベ「君、ああいうの好みなタイプかと思ったけど。見た目は」
風「見た目はね。」
メ「…否定しねーのかよ、お前…」
風「髪の長い女の方は好きでした。でも小町さんのは短くとも触ってると幸せです。さらさらしてて気持ちいい。
  顔に華もありましたね。でも小町さんの方が睫毛長い。肌白い。
  いつも笑顔を浮かべているのは社会で便利ですよね。僕もそうですし。しかし控えめににっこりされる方が色々そそられますよね。
  身長が小さいのは可愛いと思います。しかし高いと高いで抱き寄せやすくてそれはそれでいい」
メ「…お前、そういうとこベムにそっくりになったな…」
ベ「メー。僕なら半端な嘘はつかない。胸に言及しない紳士気どりしない」
メ「お前は風矢に厳しくなったよ!?」
風「そりゃあ言及しませんよ。意味ありませんから。ただでかくてもちもちしたもん触りたいのならパンでも捏ねてる方が幸せです」
メ「お前はそんな喧嘩を買うなよ!(真っ赤)」

 …そんなこんなでラストがあんなんですが彼は非常に幸せみたいです。愛はひとを幸せにします。
2012/03/03