「はい、あーん」
 いつかどこかで聞いたセリフと共に、一口大のトリュフが差し出される。
 とろけるような笑顔は、彼に口を開けろと強制していた。
「自分で食える」
「食べさせたいの。だから、あーんv」
 ニコニコと微笑む磨智。その笑顔に頬を赤く染めつつもメーは視線をさ迷わす。
 恥ずかしい。
 恥ずかしいからしたくない。けど―――
「折角手作りなのに…食べてくれないんだ…」
 磨智はしゅんと肩を落とす。心底残念そうに溜息をつき、悲しげにトリュフを見つめる。
 その顔に、絶対嫌だというメーの決心がぐらりと揺れる。今まで何回このパターンでやられたかを冷静に数える心地と、そんな顔させたくないという思いが交差する。
 2人に落ちる、長い長い沈黙。
 それを破るのは、やはり彼。
「…食う」
「いいの? じゃ、はい、あーんvv」
 無言のまま口を開けるメーに、そっとトリュフが飛んでくる。
 やはり無言のまま咀嚼すれば、ほどよい甘みと香りが口の中に広がった。
「…ウマい」
「そ。よかった。
 さすが風矢君」
「…なんでここにあいつの名前出てくんの?」
「だってこれ風矢君の手づくりだから」
 いともさりげなく言われた言葉に、メーは顔を引きつらせる。
「………騙したのか!?」
「私が作ったなんていってないんだけど、最初から」
「だって折角手作りなのに、って!」
「風矢君の、手作りなのに、って言わなかっただけだよ?」
「……!」
「美味しかったでしょ?」
「うまかったけど!」
「私のが食べたかった?」
「そりゃ…」
 食いたかった。わりと。
 言い切ることは躊躇われて、口をパクパクと開け閉めする。
 赤面しながら実に愉快な顔をする恋人に、磨智は満足げな笑顔を見せた。
「じゃ、あげる」
「…………へ?」
 ぽん、と差し出された綺麗にラッピングされた包みにメーは目を丸くする。
「こういうの君にあげるの初めてだから不安だったんだよね…。欲しがってもらえるかどうか。
 欲しいって言ってもらわなきゃ自分で食べるつもりだったよ…」
「…いらないなんて思うわけねえだろ…」
「…メー君、案外ミーハー?」
「ちげえ!」
 真っ赤になって言いかえす彼には気付けない。
 彼女の頬もまた、これ以上なく真っ赤に染まっていることに。



 おまけ。

風「マスター。見そこないました」
か「は?」
風「僕のトリュフとったでしょう!」
か「え? 君そんな美味しそうなもの作ってたの? …自分に? 自分にチョコなの? 風矢…」
風「憐れみの目で見ないでくださいあなただってその腕に抱えてるチョコはなんですか!?」
か「これは友チョコです! 大体君のチョコなんて知らないよ! 今初めて聞いた!」
風「あなたいがいに誰がとるんです!」
か「知らないよ。とけたんじゃない?」
風「白々しい…!」
か「本当に知らないんだってば!」


あとがき。
 許可をとっていなかったらしい磨智。なんというか、本当…ツンデレだったんだなあ。この子…。
 ちなみに風矢は食べることに執着があるから料理上手だと思うのです…。



 あの話題をふった時の磨智の反応がやばいのは、学んだつもりでいた。
 だから触れてない(と思う)し、気にしてもいない。
 今手元にあるこれはかなたの私物(ふぁしょん誌)というやつで、廃品回収に出すから縛るの手伝ってと言われて持っていただけだ。断じて俺の私物ではないし、熱心に眺めていたなどという事実はない。
 …ないん、だけど、なあ…
 俺を見る磨智の目は氷よりも冷たい。道端のゴミを見る目の方がまだ優しい。
「ま、磨智」
 おそるおそる声をかける。
「なあに? その顔。私、怒ってないよ?」
 嘘つけ怒ってるじゃん!
 言いたいのに言えない。言ったらもっと怒られる気がする。
「怒ってないけど、ね」
 俺の想いに反して、磨智は続ける。妙に怖い笑顔のまま。
「君、どっちがいいの?」
「ど、どっちって…?」
「胸。おっきいのとそうでないの、どっちがいいの」
 びしりと指さした先には、俺が手にした雑誌。正確には、その表紙の女。…の、胸。
 …なんとなく磨智の胸元を見る。と、眉間の皺が増えた。
 うわー、怒ってる。怒ってる。
「いや、あのどっちでもいい…」
「でも見てたね、巨乳」
 いや、それはあれだ、アレなんだ、いっそ事故で。
 そもそもそれかなたの私物だし。やましい雑誌じゃないし。
 言いたいことはいくつもあれど、磨智の瞳は訴える。
 『答えはなに? それ以外は聞かないよ』と。
 仕方なく腹をくくる。…こういうのってセクハラってやつじゃないのか。
「そりゃ、邪魔になるものじゃないし…」
「曖昧」
 より冷たさを増した声が言い切る。
 あ、また眼が冷たくなってる。それなのに口元は持ち上がってるんだよな。おかしいよな。おかしいよな!?
「いいんだよ、好きなら好きって言っても」
「いや…その、あの…」
 優しげな、けど作り物の笑みが怖くて目をそらす。
 すると追及の声が厳しさを増した。
「なんで私を見て目をそらすの…?」
「それは…」
 怖いから。今のお前すごく怖いから。
 けれど言ったらないか取り返しがつかない気がして視線を泳がせる。
 どうしよう。機嫌をとればいいのか? ほめればいいのか? …どうやって!
「ふふ、小さいから不満だとでも?」
「そんなんじゃ…!」
 ここでイエスと言ったら別れるとか言われる気がした。
 それは困る。…いや、嫌だ。こんなわけわからないことで別れ話を持ち出されてたまるか。
 えーと、そうか、ともかくそれを伝えればいいのか!
「あれだ、あれ、こういう女とお前がいたらお前選ぶし!」
 というか胸はどうでもいいし。
 真剣に言ったのだが、応えたのは不自然に甘い声。
「じゃあこういう胸の私といつもの私がいたらどっち選ぶ?」
「え」
 それは………どうしよう。
「悩むってことは、大きい方がいいの」
「…違…っ」
 ちょっと幸せかもしれないと思っただけでそんなことはない。たぶん。
「違う? 本当に?」
「そ、れは…」
「嘘をつかれるのは嫌いだよ?」
「俺は――――」
 嘘―――嘘ではない言葉。
 そして、何だか知らないけど怒ってるこいつを宥めるべき言葉。
「胸が小さかろうがお前が好きだ!」
 言いきると、重い、おもーい沈黙が流れた。
「……磨智?」
 呼びかける。
 瞬間、視界は暗転した。


「それで埋まってるの」
 検索から帰ったかなたは、心底呆れた顔をした。
「…ああ」
 素直に頷く。首のぎりぎり下まで埋まってるからやり辛かったけど。
「…フォローのしようがないよ」
「…別に、俺、胸で女選らばねーよ? ちゃんと磨智が好きだぞ?」
「それはちゃんと言ったの?」
「言ったよ!でも聞く耳もちやしねえ!」
「乙女心は複雑だねえ」
「その一言で済ますなよ…」
 あのあとのあいつは怖かった。
 にこにこ笑いつつ徐々に埋められていく恐怖はしばらく忘れられそうにない。
「…ていうか、出て謝りにいけば? いつまでそうしてるの?」
「あー…」
 …確かにでようと思えば出れる。でれる、けど…
「…顔あわせて…嫌いって、言われたら、嫌だし…」
「…そうやって黙って埋まってる男の方が嫌いだと思うけどな、磨智ちゃんは。
 首は残してもらえたんだ、仲直りする気は―――」
「残されてないぞ」
「え?」
「全身埋められた。しかもかなり深く。死ぬかと思った。
 …やっとここまで自力で出たんだんだよ」
 そうじゃなきゃここまで落ち込まない。
「…磨智ちゃんが好きなケーキの売ってる店を教えてあげる。あとで買いに行きな」
「……ああ。あとでな…」
 ああ、どうやって謝れば機嫌治すのかな。
 まったく思い浮かばない。
 重い溜息は地面に吸い込まれた。


あとがき
 メーは別に巨乳が好きってわけでもなさそうだねと彼の名誉のために言っておきます。磨智は気にしていますが、別にそんな事実はありません。
 …私はどうでもいいんですけどね、胸。でも、サイズを気にする女の子はとても可愛いと思うのです。(自重しろ)