ある日、お隣との塀に、なんかふっくらとしたカステラがおいてあった。
 …なんでやねん。
 なんでやねん、と心の中で繰り返す。口にも出してみた。
 …なんにせよ、答えはなかった。

125番地と一緒

 塀の上にあるカステラはおいしそうだった。
 焼きたてっぽくふわふわしっとりそうで、おいしそうだった。
 けどおかしい。塀の上にこんなん置かれてるの明らかにおかしい。
 しかもおかしい。
 ここは125番地との間だぞ。
 二代目食欲大魔神、アプエゲ君も住んでいる125番地だぞ。
 つまりこれは――――罠!
 いや罠ってなになにが目的誰が設置とか思うとこはあるけど!
 罠だし手を伸ばしちゃいけない拾い食いなんてはしたないいやパンをよく拾っているし今更違う、負けるな!
 そう私は負けない。誘惑になんて負けない。
 足が塀に向いたりしてない、踏み出したり手を伸ばしたりしてない。でも甘い匂いするなあ!
 最近釣果もとい拾い果が微妙で食べてな、いや駄目だ!
 ダメなんだってば!
「かなたさん。ちょろいと言われませんか?」
「う。ううう。うー。子供の頃に知らない人にお菓子もらっちゃダメとかは、言われたですよ」
 駄目なのについ手を伸ばした瞬間ひょいっとイソレナさんが立ち上がりました。
 座ってたんですか、そんなところに。
 暇じゃないですか、そんなんして。
 おなか減らないんですか、こんなん前に。
 く。気分はこう、よく鼠とかつかまえるアレとかにひっかかった気分です。でも。
「だ、第一こんなのに手を出すほど、意地汚くないんですからねっ! そ、そんなに飢えてないんですからねっ!」
「…かなたさん。手を出した時点で言い訳できない」
「するもん! しますもん! 私は往生際悪く負けを認めないっ!」
「じゃあしまいますねー」
「ああ! くいた、………っ」
 イソレナは 生暖かい笑みを 浮かべた
 かなたは 食欲に敗北した
 …ああ。
 なんか、今、変なナレーションが聞こえた気がした。
「冗談のつもりだったので、まさか釣れるとは思いませんでした」
 変なナレーションはさておいて、イソレナさんがしみじみ言っているのは確かである。
 すっと差し出されたカステラを私がはしっと持ってしまったのも事実である。
「私だってこんな罠っぽいのが本当に罠だなんて思わなかったんですよ! それだけなんです! っていうか、いきなりどうしたのですか! そもそも!」  ごまかすように指をつきつけてみる。
 ばばーんって感じに。
 犯人はお前だ調に。無駄な努力だなんて私思わない。
 するとイソレナさんは真面目な顔で、
「いえ、ふとかなたさんに謝らねばならない衝動にかられまして」
「…うちの貯蔵庫は無事ですが」
「いやいや。メタ的な意味で」
「…イソレナさんが変な電波を受けている。私も覚えはあるけど」
 メタとはなにと聞いてはいけない。私と誰かさんのお約束である。
「まったくもう、謝らなきゃなんていうからびびったじゃないですか。私の知らぬうちにアレコレあったのかと」
「ははは。いつもはびびってるわけじゃいんですね」
「い、いやいや。びびってるわけないじゃないですか!」
 なごやかーに言い添えられた言葉に、慌てて反論。
 そりゃあ、確かに、確かにビビっているときもあるけれど! けどあれは!
「私がうどーさんと仲良くしてる時イソレナさんが本気で怖いこと考えてるとか疑ってないですよ!? 様式美ですよ!」
「そうですか。いやぁ、困りました」
「え!?」
 なにそれ、ビビった方がいいの?
 びびらせてんのになー、みたいな意味?
 マジで羽堂さんといちゃつくと怖い目に合うの? 箱につめて捨てられるの?
 あれ? でもいちゃつくいうより最近はセクハラを受けているよ? まほ………じょ……みたいな…意味で………
 それで詰められるって理不尽じゃないか。うらやましいのならイソレナさんも僕と契約として魔法使ったり使わなかったりのなにかしらになりやがれ。
「冗談です」
「じょ、冗談かなあ!?」
「でもまあなんにせよ、怖いとは思わないんですね」
「え……」
 いや、食糧的な意味では常に、と。ふざけるための言葉を口にするタイミングを逃す。
 違う、タイミングじゃなくて。声が、妙に萎える。
 こちらを見つめる、温和っぽい双眸。
 私には温和っぽく見える、隣人。
 けれど、脳裏に。
 誘拐という文字。
 彼女と誰かの起こしたという事件。違う、それは彼女を見ていて勝手に感じた違和感。
 家名は同じ。かぶるようなものとも思えない。特徴も。ましてや彼女もエルフだったんだから、もう。疑う余地なんて本当は。
 でも、まるで誘拐された風になんて、ましてや帰る気があるようになんて、見えない、そう思うだけで。世間では。彼女が巻き込まれた事件。
 そう、世間。世間で、南十字のエルフのご令嬢をかどわかした怖い誰かの話を、私は聞いていて―――
 ――――……それで何かを感じるには、きっとこの隣人になじみすぎてる。
「イソレナさん」
「はい?」
「私はイソレナさんのことを大事な友人だと思っているですよ」
 なにをしてもと、言えないけれど。
 何をしていてもと言えない私は、何も聞かないでおこう程度には。
「そうですか」
「そうです」
「安心しました。実はちょいと錬金術の失敗作がそちらの庭に入ったらしいのですが」
「いい話で落ちないだと!?
 っていうか言われてみたら見覚えのないでかい石ころが!? これは入っただけで謝られなきゃいけない類!? このカステラ、賠償カステラ!?」
「不発弾でよかった」
「ひぃ!?」
「これも冗談ですヨ?」
「ほ、ホントですか!?」
「ええ。不発弾ではないですが」
「がってなに!? なに!? もう…もう私は何も聞かないですよ!」
 そう、何も聞かないでおこう。
 それが許される日々は、見知らぬ誰かの過去の不幸や政治的な問題より、大事で。
 大事だから、そうして守ろうと。
 そうとだけ、決めている。

目次