もぐもぐとシュークリームをかじる。
風矢おすすめのシュークリームは、ただのミルクではなく、紅茶と思わしき風味がおいしい。上品だ。
だから口の中は甘くて幸せなのだが、ふう、とため息がでた。
迷走と思索と
ため息の原因は、風矢だ。
正確にいえば、風矢の周りのあれやこれやだ。
今、風矢には今いろいろあるが、風矢ならまあ大丈夫だと思っている。
思っている。
思ってはいるが、実のところ。心配だ。かなたにはああいったが、なあ。
いや、風矢が小町にべたボレなのは疑わない。疑えないが。だが。
「相手が変なこといって、風矢の株がさがる。そういうことあったら、困るだろう」
目下の心配ごとを、目の前の相手に伝えてみる。
ベムはゆっくりと自分のシュークリームを咀嚼して、飲み込んで。
なぜかとても遠くを見た。
「まぁ。そうだね」
「ましてや他所の御嬢さんと付き合ってる。誰かが気を利かせて、心変わりがどうとか、あることないこと言っても困る。噂は怖いだろう」
「まあ、そうだけどさ。そうだけど、緋那」
なんだか疲れたような口調のまま、飲み物に手を伸ばすベム。
風矢お勧めのオープンカフェはお勧めの飲物の果てまで甘いココアという末恐ろしい店だったが、今彼が飲んでいるのは無糖のハーブティ。
それが苦いからそんな顔、というわけではなさそうだ。
…なさそうだ、ではなく。なんとなく理由は察しているのだが、目をそらしてみた。
「それと今の状況、なんの関係が?」
今の状況。
なんかやたらとカップルっぽいのがいる、朝の陽ざし差し込むオープンカフェ。(さすがに今は寒いから。室内だけど)
そこでこいつと二人顔を突き合わせて、シュークリームぱくつく状況。
「……かなたが落ち込むとうっとうしいから適当いったけど。私も心配なんだ」
「いやそれはわかったし。僕も風矢が落ち込むのは避けたいと思ってるけど。
けど………それと貴女の行動は、つながらない………」
「お前に行動のつながりについて突っ込まれる日がくるとは…」
すごい屈辱。
馬鹿に馬鹿といわれてもこんなに理不尽な気持ちにならない。
誰にどんな悪口を言われてもこんな気持ちにはならないかもしれない。
かなり深刻に落ち込みそうになるが、やめる。
今はそうではなく。私は。
「…心配だから、考えたんだよ」
「うん」
「風矢のおすすめの店、そこそこあるじゃないか」
「店だけではないけど、あるね。甘いのばっか」
「あいつのおすすめの店って要は小町といちゃついてきた場所だろう」
「最近はそんな雰囲気がただ漏れてるよね」
「そこで私達が先に噂すればいいんじゃないか。風矢の小町馬鹿っぷりを」
「………なるほど?」
首を傾げながらも、ベムが頷く。
痛そうだよ。どっちかに統一しろよ。納得してるのかしてないのか、どっちだ。
「……あのさ、緋那。
つまり今から貴女は、甘いものめぐりに出かけるの?」
器用にもその格好のまま、問うベムに頷く。
「でかけて。行く先々で風矢の奇行を愚痴ろう……」
小町にちょっかい出した磨智とわけわからん言い争いしてた話とか。
小町にいらんこといったらしいかなたを飛ばしていた話とか。
水鳥について思いをはせるメーにものすっごく不機嫌になっていた話とか。
うちの庭で小町が絵ぇかいてたら呼んでもないのに走ってきた話とか。
小町関係のあれやこれやを。おもしろおかしく。
まあ要は家の風龍は68番地の光龍にぞっこんすぎて家人が驚くほどだと。より多くの人に知ってもらおう。
「でも、私が一人でそんなのしゃべっていたら変だろう。
だから、付き合ってもらおうかと思って」
「………そう」
とりあえず納得したように頷く彼は、やっぱり疲れている。
疲れ切っていて……きっと。……こういう時、は。
「…………その、ベム」
どうしようと思い、口を開く。
「…理由も聞かずについて来てくれて、ありがとう」
とりあえずで吐き出した言葉に、ベムが軽く目を開く。
目を見開いて、少し笑って。
疲れた風ではなくなって、少し安心した。
そういうわけで、一日めぐってみたところは。
案の定甘味どころばかりだった。
「口の中が甘い」
「同感」
私は炎龍だし、ベムも炎龍だ。
必要な熱量は他の種族に比べてそれなりで、別に胸やけとかは、おこしていないのだが。
気持ちが胸やけだ。そろそろ暗い町を歩きつつも、歩きながらも足じゃなくて胸が重い。
そのくらい、甘いものばかりだった。風矢のおすすめ。
お前らそれしかしてないのか。いや。私達に言うことなんてそのくらい、ってことなんだと思うけど。
それにしたってシュークリーム善ざい食ってどら焼き食ってクッキー食ってクレープ食ってケーキ食ってドーナツ食って。
…これ、風矢が一週間くらいでめぐった内容のはずなのだが。
すごい、その間にちっともしょっぱいものを挟んでない。あいつら一緒に飯は食わないのだろうか。
「いや。『小町さんと食事してきます』って出ていくとき。あるじゃない。いい笑顔で。るんるんと」
「…今まで食べたもの中に、飯あった?」
「…まあ、今までは微妙なところだったかな」
ふっと笑うとともに、立ち止まるベム。
「でも、ここでご飯食べてると思えば。納得じゃない?」
マスターの友人とかいろいろ目立つ地龍とか。話題に事欠かない111番地の前で。
まあそうだな、と私も頷いた。
夕暮れ時の111番地は客でにぎわっていた。
いいな、商売繁盛。
たまにいらないものをフリーマーケットと称して売っているが、かなたは戦闘系だから、こういう形で店を出したことはない。
いいな、こういう空気。
思いながら、案内された席につく。
そして、待つことすぐに。
「…お冷をお持ちしました。メニューをどうぞ」
メニューを抱えた顔見知りの名物地龍は、なぜかほんの意外そうな顔をした。気がする。
…なぜだろう。気のせいか。
「ご注文が決まり次第お申し付け下さい。どうぞごゆっくり」
気のせいかもしれないと、綺麗に営業スマイルを浮かべるポコスを見つめながら結論づけた。
その後、注文を決めて。
向かい合わせで座る私と彼の間には、二つの皿。
野菜のうま塩炒めとライス。とカステラのカラメルがけ。
うま塩炒めがベムの注文。カステラが風矢のおすすめ。
いい感じにこげたカラメルが絶品ですとか勧めてた一品。しかし。
「…やっぱりここも甘いんだな」
「それはカステラだし。
そもそも。律儀に風矢のおすすめを食べなくても。しょっぱいものがあるところならしょっぱいものを食べればいいんじゃないかな」
「…そうだな」
「…気づいてなかったの」
「……だってほら。風矢の甘いものへの嗅覚は確かだろう」
何とも言えない気まずい気持ちで、ぷいっと顔をそらす。
そうして顔をそらしても、ベムがふっと笑うのが分かる。
なんだか冷笑っぽい、それなのに疲れた笑い方だ。
「脳みそは色ぼけ果てて恋が盲目難聴のくせにね」
それは、最近。
いや。風矢と小町が付き合うようになってから見せる顔な気がする。
「…お前さ。風矢と喧嘩してるの?」
「別に。仲良くしてると思うよ。嫌ったわけじゃないよ。
ただね。あんなにも頭が花畑になるとね。イラッとするだけ」
ぱりっとおいしそうにいたまったキャベツをポリポリ食べて、飲み込んで。
不機嫌そのものにベム。
それは…私が言うことじゃ、ない気もするが。
「…風矢もお前には言われたくないんじゃ」
「僕は貴女に電話かけられても、貴女だよといわれた途端風になって下に降りたりしない」
「そりゃ、私、お前に基本的に電話かけないから…」
「そうじゃなくても。しない」
「………そういうものか」
しかし本当にそうだろうか。
もうありとあらゆる龍という龍が、こいつにだけは意味が分からないとか暑苦しいとか言われたくないと思うが。
…最近落ち着いてきたけど、私は忘れないぞ。
……最初から、もっと。段階踏んでくれたら。あるいは。
…………いや。そうでもないかもしれない。
なんだかんだで私はこいつから逃げた気もするが。そして逃げきれなかった気もするが。
「緋那?」
「なに?」
「急に難しい顔してどうしたの。胸やけ?」
そう尋ねる顔は、表情が読みづらく。
存在感的なものがおぼろで。
それなのに行動だけは迅速だから、不気味だった。のだが。
「…いや。うまそうだな。しょっぱいもの」
今は心配をかけたくないとか。そんな気持ちだから言ってみた。
ベムはやたらと大きくうなづく。
「そりゃあ、一日甘いものばっかり食べて平然としてるのなんて。風矢じゃないんだから」
「…一口もらいたい」
「ん。じゃあ取り皿を」
「混雑時にめんどうなこと頼まなくていいよ。フォークかして」
手を出してお願いしてみた。
すると、ベムが固まった。
「………」
まだ固まってる。
…なぜだ。
「…ベム?」
なぜだ、と思いながら声をかける。
すると、ベムが笑う。
…これまた最近よく見る、なんだか、すごく。やけくそっぽい顔だ。
「…いや。まあ。今更。いいけどね」
そのまま差し出されたフォークを受け取るが、なんかしゃくぜんとしない。
しゃくぜんとしないまま食べても、朱音さん作と思わしき野菜炒めはおいしかった。
店を出ると、陽がとっぷりとくれていた。
かなたには連絡してるから、まあいいが。随分と一日でつめたものだ。考えてみれば2、3日に分ければよかったな。
屋台とかも多かったにしても、朝から無茶をしたものだ。
無茶をしたのだから。
「…効果はあっただろうか」
行く先々で私がふらなくてもベムが愚痴った、風矢の小町だいすきっぷりは町に伝わっただろうか。
そのうち小町さんは僕の嫁とか絶対言い出すよねとか磨智に言われている奴の色ぼけっぷりが、いい感じに広がるといいな。
件のナーズとやらの耳にも入って、諦めてくれるといいな。
歩きながら帰路につく今、強くそう願う。
「…きっと大丈夫だよ。なにしろいちゃいちゃしまくってるんだから。フォローするくらいの甲斐性あるでしょ。風矢」
「……そうだな」
今日一日愚痴った結果か。足取り軽く、同じくらい軽い口調で言うベム。
…うん、本当に。
こいつがここまで風矢につっこみたいことがあるとは知らなかった。人のこといえると思っていたのか。
なんて、思っていると。
それに、と言葉が続く。
「僕は嬉しかった」
「そうか」
それは、あんなに愚痴ればすっきりもするだろう。
「デートみたいで」
…そういうことだろうと思ったのに、そうか。そういうことか。
…………でもな。
一瞬止まった足を動かし、つぶやく。
「私はそんなつもり、じゃ」
「やっぱりなかったんだね」
少し速足になったはずの私の隣、ベムも同じように歩く。
そんな調子であっさりと頷かれると、少し気まずい。
……わかっているんだ。
こいつがイラつくべきは、風矢よりは。
私の煮え切らない態度であろうことぐらい、ちゃんと。
……それなのにこっちに向かないからなんていうかこう、…どうしよもないのだと。
言ってもわからないようだが、こいつは。
そのことに理不尽に苛立って。理不尽に振り回して。
……そうしていても、いつかは。
納めるべきところに収まれるかもしれないけれど……
「こ、今度、いく?」
「それは、僕とつきあってくれるってこと?」
それでも、それは嫌だと思うから。
少しあゆみよってみた結果の、笑顔が痛い。
……お前、そういう顔も、できるんだな。
………そんな嬉しそうな顔で、笑えるのか。
気まずい。こんなに寒い時期なのになんだ。落ち着かない。動悸がやかましい。だから。
「そ、その、練習」
「練習って」
だから思わず出た言葉に、露骨にがっかりとされた。
練習。
他人の声で繰り返されると、ひどい言葉だ。確かに。
いやしかし私は。こいつを粗末に扱いたいわけではない。
ましてや別に、練習して他のにとか、そんなんだったら悩んでいなくて。だから。
「いつかお前とする、練習」
だから、正直な気持ちを伝えてみた。
すると、なんの反応もかえってこない。足音も消えた。
「緋那」
気まずさから走り去りたい足にカツをいれ、振り返る。
「もうなんかわけわかんなくなってきたよね」
「う」
足を止めて、表情消して。
なんだかとても見慣れた風のベムは、こちらをまっすぐに見つめてくる。
橙色の瞳。
いつでも直線な、見慣れた色。
「でも。愛してる」
なんでお前はそうやって、軽く言えるのかな。
「………………………知ってる」
疑問の代わりに、事実を吐き出す。
そう、という柔らかな返事とともに、ベムが歩きだし。私もその隣へと続く。
ああ。また駄目だった。
喜ばせようと、いや。喜んでくれるといいなと、誘ってみたのに。
でも、まだ駄目だ。
駄目、だけれど――――
ならば、いつになれば。
…いつになれば、駄目じゃないのか、分かった気がした。