自分の竜は可愛い。
ペットと呼ぶには感じが違うし、だからといって友人と呼ぶにはなにか違う気がする。
それはあるいは、家族のようなものだ。
好きでも嫌いでも、ただ。一緒に暮らす関係。
その縁を切ることもできるけれど。なかったことにはできない。そんな感じ。
「マスター」
だから、だから。
願われたことは叶えたいと思っている。
「着て♥」
磨智の差し出す手の上、きっちりたたまれたふりふりろりろりろりミニスカート。
ああこれがあの頃彼女に追いかけられる彼をおもしろおかしく見ていた報いだというのだろうか。
滲む視界に溜息をついて、思わず一歩下がった。
見に入む脅威
「なぜ今日は私に来るですか磨智さん」
一歩下がりながら、私は問いかける。たぶん、ひきつった顔で。
「雨ふって暇だから」
言い切った。
暇つぶしって言いきった。
家族に暇潰しで追いつめられてる私って一体。
「それにね、最近、思ったの」
磨智はにこにこと迫ってくる。いやん怖い。…いやマジでなんか怖いです磨智さん。
「マスターはそんなに大騒ぎしないから対象外だったけど…
私と言うものがありながら余所でコスプレさせられてるマスターを見ているの、なんだかこう、しゃくじゃない」
…意味が分からなかった。
確かに最近某会員制のカフェでなぜかコスプレしている流れが続発しているけど。
そもそも私と言うものがありながらって何。
私、君とそんなにややこしい関係になっていたの。
「マスターで遊んでいいのは私の特権だったのに…」
知らなかった。
で、かよ。とか、遊ばれてたんだ。とか、もう色々知らなかった。
嫌われるよりはいい。けどそれよりはいいで流しておくとこう、私の色んなプライド的なモノの危機が訪れる。
「いやその。気持ちだけ嬉しくもらっておく…」
「えー。マスターこういう恰好すきじゃーん」
「眺めてるのはね」
明るい水色のワンピース、白いエプロン。それらの裾に施された、繊細なフリル。襟などの要所要所に添えられた、黒く光沢のある細いリボン。
なんだろう。某有名な不思議の国の女の子が着ている服に似ている気がする。あれよりわりと華美だけど。そしてなによりスカート短いけど。まあ、可愛い。
そういうのを可愛い子が着ているのを見るのは好きだ。
しかし、自分は着たくない。
頼りないしキャラじゃないし必要がないから。
「私と君、そこまで身長違わないんだから、君がきればいいんじゃないかな」
「私が真心こめてかなたぴったりに作った服をいらないとか言うんだね…」
いや、そんな悲しげに言われましても。
ふりふり片手に迫られてる私も悲しいんだから、そんな顔されても困るんだよ。
「いらないじゃなくて、着たくない」
「ええー。いーじゃーんー。ほらマスターなんだし。従者孝行」
じゃあ主人孝行で諦めて。
喉元までせり上がった言葉をぐっと飲み込む。
駄目だ、それじゃ。じゃあ今は諦めるねとか言われて、次はこれよりすごいの持ってこられる…!
「じゃ、じゃあ…スカートをもう少し長く」
その結果妥協を選んでしまう辺り、主人の威光とか今更期待しても無駄だよね。主人孝行とかいっても無駄なんだろうね。笑い飛ばされるのかもしれない。
しかし、主張する。たぶん必死な眼差しで。
「そうしたら考える」
「これでも長く作ったよ」
「…これで…」
可愛らしく首を傾げての台詞に驚きを隠せない。太腿丸出し。かがんだら下手するとその上も丸出し。これで。
「ちなみに下はレオタードみたいな感じになってる。で、このくらいだとガーターチラ見せでいい感じだな、って」
「磨智ちゃん磨智ちゃん。用意が良すぎます………」
そしてそれは下着です。本来出すものではありません。出してせくしぃさだかなんだかを演出する文化はありますが。私別に出さなくてもいい。
「一生懸命作ったのに…」
「一生懸命にならなくても…」
「最近もっぱらニートなマスターがなにもしていないのにプレゼントをもらって心苦しくなって働くかと思って…頑張ったのに」
「うぐ」
いや。確かに。朝町の結界に歪みだと思われるものが生じてからというもの。戦闘系は。閉業しているに等しいという。説が。なきにしもあらずだけれど。
そんな風に言わなくてもいいじゃない。いいじゃない。アリンコだってミジンコだって戦闘系だって稼ぎのないマスターだってみんなみんな生きているんだ友達なんだ。
…ちなみに、役場で頭下げまくって町の公園とかの清掃の仕事をもぎとりました最近。これまでの貯金とそれが生命線です。
………ベムが黙々と小物作ってたまに露天出してるけど。緋那もそれに乗っかってたまにスープ屋さん(屋台)を始めたけど。その材料は磨智が家庭菜園で作ったものだけど。
だけど…………だから……………
「……………うまれて来てすみません……………」
「ごめんマスター…別にそんなに罵るつもりで二ート言ったんじゃなくて…ほんの冗談で…」
いつの間にか歪み始めた視界で磨智が慌てていた。
もういいよ。慰めてくれなくて。今確実に養われてるのは私な気がしてきた…
「えっと、だからね。…そう、だから! こう! 励まそうかと思ってこの衣装を!」
「さっきと言ってること違うよ磨智…」
「だって…今思いついたし」
あくまでしれっと言い放つ姿が素敵です磨智ちゃん。
この流れでまだ着せようとするんだ君は。
なぜ人にコスプレさせることにそこまで情念を燃やせるのか、マスター分からない。
「いや…でも…私、短いスカート履くとダメージ1くらいくらう病気でね…?」
「半ズボンもわりと短いと思うけど…」
「これそこまで短くないし…ガーターベルトじゃないし…」
なにより、町からの支給品だから仕方ない。
好きで生足のねーちゃんやってるわけじゃない。
溜息をつきながら、話をそらしてみる。
「いいじゃんそういうのは…今まで通りメー君に着せなよ…」
「さすがにメー君にそんなもの着せるわけにはいかないじゃない?」
そうか、さすがに見たくないんだ。
しみじみと納得していると、リビングの扉が開く。
琥珀色の瞳が私達を見つめ、高速で逸らされた。みてないと言いたげな動作だった。
させるか。
「メー君」
一歩下がり、扉をしめかけていた手がびくりと震える。
逸らされて、戻ってきた顔は、非常に嫌そうな顔をしていた。
「メー君。メーくーん。メーくーぅん。
引きとれ」
たぶん私も同じような顔をしているんだろうなあとか思いながら、彼に歩み寄る。ついでに、押し付けられた服をそっと差し出す。
可愛らしい水色の塊に、全てを悟ったような顔をして、メーは笑った。
「はっ。なにいってんだ! 俺はもうそんなの入らないぜ!」
勝ち誇られた。
…確かに肩がはいらないだろう。じゃあ背中のチャックなんてしまらなくてもいいじゃない。
「そう、君には入らないしさ―。メー君も一緒に説得してよー」
私の腕をぎゅっと抱き込みながら、磨智。
ああなにこれ逃げれない。
「…いや、嫌がってる奴にこういうものを無理やりは駄目だろ。いやなもんは嫌だろ」
どうやらかつての自分の姿を思い出してくれたらしく、相棒はフォローをいれてくれた。いれてくれたけれど。
「じゃなきゃもったいなくて私着て外とか練り歩いちゃうかもー」
頬を膨らませ、不意ににっこり微笑んだ彼女の一言でまじまじと水色のミニスカなワンピを見返す。
静かに見返し――――沈黙して。
非常に申し訳なさそうな顔をした。
「かなた。着てください」
「畜生これが世間で噂の彼女ができるとそっち優先のタイプか!?」
彼に彼女ができたのはもう1年も前の夏だけど。
今更のように叫んでみた。
よほどうらみがましい顔をしていたのだろう。彼はすっと視線をそらした。
「いやだって。……だって。
あああれだ。お前がそういう恰好してなんか変のにからまれたら、俺、全力でガードしてやれるけど。
磨智だとそれどころじゃないし」
そうだね、君。こんな恰好磨智にされたら叫んだり騒いだりで大変だもんね。で、まともに眼も合わせられなそうだね。
「このドヘタレぇっ!」
「うるせえ!」
反射で言い返すと、なんか涙目で叫び返された。
いや、うるさいいうならまずその顔止めなよ。
そういう顔することがへたれなんだよ。
「―――そうだっ」
そう言い返すより早く、磨智はパンと手を打った。
「間をとって今から私がおそろいのものをメー君に作れば解決しない?」
「間ぁとってねえよ! 被害が拡大してるだろ!?」
涙をひっこめ蒼くなって訴えるメ―。磨智はやはり可愛らしく小首をかしげる。
「だって、雨だし」
「出来上がってるころには確実に止んでるよね」
「だからこそ今、ますます?」
「ますますじゃねー!?」
口論は続く。論点がずれにずれていくまま。
耳を澄ますまでもなく聞こえるのは、ざあざあという雨音。
その合間を縫うように、着る着ないの仁義なき争いは続いた。
最後に誰が笑ったかは、あえて言わないでおく。
ただ、夏を終え、冷たさを増しはじめた風は、短いスカートに寒かった。
これを伝えることが、答えの代わりなのだろう。