一つの恋が実ったか実らないんだかよく分からないけどひたすら桃色な空間を作り出していた頃。
 その時、彼らは―――普通に夕食の相談をしていました。

ACT・66 Another Story その時の彼らは―――

 126番地がマスターかなたは、急にハッと目を瞠る。茶碗蒸し食べたい茶碗蒸し食べたいと繰り返しだだをこね訴えていた彼女の変わりように、メーも思わずおやつにプリン食って夕飯でも卵食おうとするなと説得していた口を止める。
「かなた、どうしたんだ?」
「…電波受信した」
「あ?」
 真剣な顔で告げられた意味不明な言葉に、メーは思わず眉を寄せる。
 とりあえずこの相棒の台詞の方が電波だと思う。
 だが、彼女は構わず続ける。真剣な顔のまま。
「…いちゃついてくるんで遅くなるって、電波が」
「…それは電波だな」
「ふーや君の声で」
 頷いたメーは、その言葉に考えを改める。
 風矢の声だと言うのなら、と。
「…電波じゃないんじゃね? それ」
 召喚石による契約を介した連絡では。暗にそう告げるメーに、かなたは首を傾げる。
 そして、真剣な顔のまま。
「だって風矢君の声でいちゃつくとかそう言う言葉って変な電波みたいなんだもん」
「それは分かる気がするけどよぉ…」
 なにげなく失礼なこと言いつつ、かなたは真顔のままさらに首を傾げる。
「…外泊宣言かしら、やっぱり」
「が…外泊……!?」
「…なに赤くなってんの、メー君たらやらしいな」
「だっ、おま、でも」
 いちゃついてきて外泊ってその発想の方がやらしい―――そう訴えたいらしいが、真っ赤な顔ではそれは叶わない。呼吸混乱に陥っているようにも見える。
 そういう含みに気づくような発想はあったんだなあ、と主人が密かに安堵していることには気づきもしなかった。
 だが。
「…そのままガキ作ってくればいいのに」
 居間のドアの辺りから聞こえた地を這うような声に、二人はゆっくりと振り向く。
 どこか遠い場所を見るように細められた橙の瞳には、剣呑な色。
 うっすら笑みを刻んだ唇がめちゃくちゃ怖い炎龍が立っていた。ちなみに、その手にあるグラスにヒビが走っていることは、全力で無視した。
「…怖いよ、ベム君」
「怨念出てるぜ、お前…」
 蒼い顔をしてかなたとメー。ベムはフッと笑う。
 朴訥な表情が常の彼には珍しい、笑顔。どこか壊れたような、とつかなければ、素直に珍しがれたかもしれない表情。
「幸せなカップルなんてどっか別の世界にいけばいい…」
 フフフ…と笑うベムに、その裏にある複雑な感情に、かなたはそっと眼尻を抑える。
 幸せなカップルに入る自覚くらいあったメーは、一層顔を青くしたのだった。



○さらに、後日談

 風矢は後悔していた。
 現実を拒否するように空を見上げる。既に高く太陽の上った空を。
 何度確かめても、朝は朝だった。
 思わず溜息をつくが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
 意を決して、扉に手をかける。
 がちゃり、と開けると―――いい笑顔の磨智がいた。
 予想が当たった。しかも最悪の方の。
「…ただいま帰りました」
「うん。おかえり」
 反射的に笑顔を返す風矢に、磨智もにっこり笑顔を返す。
「で、なにしてきたかしゃきしゃき喋る気、ある?」
「…してませんよ、なにも。貴女の期待してるようなことは、少なくとも」
 背後で「磨智、そんなはっきりと…」とかぼそぼそ言ってるメーを無視しつつ風矢。
 磨智はぷうと頬を膨らませる。
「えー。だって、いちゃいちゃしてくる言ったらしいじゃん」
「…かなたさん」
「だって、あまりに電波っぽくて! つい!」
「…言葉の選び方が僕らしくなかったのは否定しません。ですが、そこまでいちゃついてません。…告白は、してきましたけど」
「…そう。で、返事は?」
「……い、一応…オーケー…らしきものを…いただけたと…思ってるんですけど?」
「良かったじゃん」
「なんで疑問形?」
 素直に破顔するメー。驚きの声をあげるかなた。その反応に、風矢はフッと笑う。どこか寂しい笑みだ。
「色々あるんですよ」
「…ちょっと待って。色々ある状態で朝帰りするほどいちゃついてきたわけ…!?」
「朝帰りを強調しまくらないでください…本当にただ話してきただけです…」
 勝手な想像で蒼ざめるかなたに、風矢は疲れたような顔を見せる。そして、その疲れたような顔のまま。
「軽い奴だと思われたらやですからね。まずは親御さんに報告したいとこですが。妥協案でマスターに挨拶してきます」
 それに、きっと、あんまり急だと固まっちゃいますからねえ。
 小さな小さな呟きは、誰の耳にも届かない。
 だから、かなたはただ苦笑した。
「律儀…っていうか、人間かぶれな話だね…」
「かなたさん、僕が野生の本能まるだしでで生きて色々してきてもいいんですか? あれですね、まずは食い逃げします。それに手も出します」
「ごめんなさい。やめてください」
 妙に綺麗な笑顔の風矢に、思わず謝るかなた。
 2人を眺める磨智は、ぼそりと呟いた。
「…でも、こんな時間まで話し込むって…それはそれですごくいちゃいちゃしてるよね」
「あ、いや、そこは…」
「そこは?」
 途端、風矢は目を泳がす。それまで黙っていたメーは不思議そうな声を上げる。
 磨智とかなたも似たような反応で、ことの説明を求めていた。
「…まあ、少し…話してたら、夜になってまして」
 で、と風矢は言う。どこまでも気まずげに。
「一人で帰すのは嫌なので、小町さんを家に送って」
 日を改めて挨拶しにきますと言って、と付け足す。
 なぜ彼がそこまで挨拶にこだわるのかつっこみたい気持ちを抑え、先を促す3人。
「帰ろうと思ってたんですけど…
 色々考えながらその辺飛んでたら…この時間に」
 うわあ。
 とでも形容できそうな、何とも言えない顔で風矢を見つめる女二人。メーだけは納得したように頷いているが、風矢としては気まづい限りだ。ごまかすように咳払いを一つおとした。
「浮かれてたんですね、気づきませんでしたよ。本当いつのまにか朝でした」
「…浮かれてたとかいう問題なんだ…」
「今も気を抜くと走り出しそうです」
「走るんだ」
「どこまでもいけそうな気分です」
 言って、彼が遠くを見た―――その時。
 かちゃ、と居間のドアが開いた。
 振り向く3人の目線の先には、赤い髪の少女。
 注目を一身に集めた少女は、つかつかと歩く。そして、風矢の肩にぽんと手を置く。
「風矢」
「はい?」
「なにはともあれめでたい。おめでとう」
「緋那さん…」
 帰宅してはじめて聞いたまともな言葉に、風矢はそっと顔をほころばせる。
 素直な感情の発露に、緋那もまたニコリと笑う。
「なんかいいもん作ろう。祝いに」
「…ありがとうございます」
「じゃあ折角のお祝いだし、連れてきてよ。見たい」
「……見たいって。んな見世物みたいに言われましてもねえ」
「あー、ごめんごめん謝るよ。いつだったかからかったことと一緒に謝る。
 本当に会ってみたいだけ。君のあることないこと吹き込んだりしない。変に煽らない。会いたいだけだって。…駄目?」
 手を合わせ、ね、と言う磨智に、風矢は渋い顔で溜息をつく。
「…別に、会うこと自体は構いませんよ…僕の口出しすることじゃありませんからね」
「ならいいよね」
「だから、好きにしてくださいって」
「そ。じゃあ好きにする」
 投げやりな言葉にも、磨智はきゃらきゃら笑う。そして、不意に声を落とした。
「…なにはともあれおめでと。よかったね」
 そっと呟く磨智に、風矢は静かに微笑んだ。
「…言うのが、遅いですよ」
 幸せそうなその笑顔に、ベムがやつ当たりその他諸々のこもったパイが投げつけられるまで、あと3秒。
 それが、彼らの静かな仲互いに発展するのは、まあ、別の話だった。

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