「おかえりなさい、ベ・ム・く・ん♥ 聞いてほしいお願いがあるの」
かなたと共に家に帰ると、磨智がいい笑顔だった。
とても嫌な予感がしたので、周囲に説明を求める目線を送ったつもりだったのだけど。
メーはマッハで目をそらして部屋を出ることで予想を裏付け、風矢は何とも言えない笑みで彼の後に続き、無言の関わりたくないです宣言。
珍しくリビングにそろっている割に、役に立たない奴らである。
…緋那にいたっては、僕の方は見てくれないし。
見てくれないけど、おかえりとは言ってれる声が。今日もたまらなく愛しいのだった。
赤い色に惑わされ
座る間もなく告げられた言葉に、僕と向かい合う磨智に問う。
「…お願いってなに」
「これを飲んでほしいの」
「…磨智ちゃん、これお酒じゃない」
戸惑った顔のかなたが言う通り、彼女が差し出しているのは酒だ。
透明なボトルに入った、真っ赤な液体。
それって割って飲むタイプなんじゃないかな。
そのまま飲むものじゃない気がするな、とぼんやりと思う。
「ベム君に飲んでほしくて、急いで買ってきたよ」
この家に飲酒の習慣はないから、当たり前だ。
飲みなれないモノの集まりだから、飲んで騒いだりするとエライことになる。この間の花見のように。
そう、えらいことになっていたのだ。目の前の地龍も。
「あんなことになってまた飲もうと思うなんて。君、物好きだね」
「そう、あんなことになったの。みんなおもしろおかしかったらしいの。でもベム君は一人逃れた。これって寂しいことだよね」
「全然寂しくないけど」
「緋那とおそろいのことをしたくないの」
「……したいと言ったら。なりふり構わないねとかいうだろう、君」
ちょっと迷ったが、やんわりと咎める。
磨智の笑顔は深まって、意味ありげだった。
「…ともかく。飲まない。酔っておかしなことをしたら。嫌」
「え、いつもおかしなことしてるけど…」
「マスター、ダメだよ。マスターが口をはさむと面白いことになっちゃう」
面白くていいじゃないか。そんな真剣な顔をして話すことではないだろう。
思いはするけど、口には出さない。億劫だ。
わけはわからないが、磨智がなにやらやたらと意地になっているのはわかった。
…たまに、変なことで意地になってるよね、磨智って。
けれどそれも僕には関係ないことだ。ともかく断り、戦利品整理して。自分のことしよう。
「何無言でたちさろうとしてるかな、ベム君」
「無言のつもりはなかったよ。何度言われても、嫌なものは嫌。どいてくれない? 磨智」
磨智がむうとした顔で腰に手を置く。
通すつもりはなさそうな姿勢だ。しかし突き飛ばすわけにもいかない。どうしたものか。無視して荷物おけばいいだけか。
一人うんと頷いて、彼女の脇を通り越そうとした。けれど。
「ちょっと飲んでくれてもいいじゃない」
「緋那に言われたら考えるけど」
がしっと肩をつかんだ磨智の顔が歪む。ちょっと嫌そうに。
ちょっとどころじゃなく嫌なのかもしれないけど、僕にこういう絡み方するって。
僕としては緋那を好く気持ちには全面的な賛同とかしたいけど、彼女はそうじゃないらしいからな。
「…お前、それやめろ」
どうしたものか、と考えていると、声が割り込む。
先ほどはこちらを見もしなかった緋那と、目が合う。
「それって?」
いつになく強い何かを宿す目が、いつもと同じく綺麗だと思った。
そんな気持ちはいったんおいて、問うてみる。そうでもしないと、相手の考えなんてわかるわけがない。
「なんでもかんでも、私に結び付けるな。
いいか。さっきこいつらに言ったがな」
けれどこの時はわかった。
舌打ちでもしそうな声色に、苦しげな顔に。
酒を飲んだらこんな感じだろうか、なんて、思ったりするような感覚。
胸のどこかが熱くなるような。冷え切っていくような。腹とか胸とかねじ切れるような。そんな。
「私はお前を信用していない。お前のことは私に関係ないし、私はお前となにも関係もない。
今も、これからもだ!」
息がつまりそうだった。
だって、そんな顔をさせているのは自分で。
とても苦しめているのだと、この時は。
痛いほどわかって、すっと手が伸びた。