それは、日本という国が戦争へと突き進んでいく時代。
 きな臭いその時代に―――一人の青年は、深く、深く息をついた。
 あたたかなコーヒーを一口、憂いに満ちた目で、管次郎は言う、
「三好先輩の、あたりがきついんです」
「そうか。頑張れ」
 苦し気な声を聞いた青年も、そう言ってコーヒーを一口。
 その表情にやんわりと苦笑をにじませ、限りなく他人事の口調だった。
「…なにをどう頑張れっていうんですか?」
「勉強、教えてくれてるんでしょう。じゃあ素直に教わればいいじゃないですか。優秀でしょう、三好君は」
「いやそうですけどね? そうなんですけどね?」
 管次郎の目の前の男が言う通り、三好宗弥は、後輩へと様々な学問を笑顔で優しく教えてくれる。
「でもたまに目が笑っていないんです…!」
「だから、頑張ってくれよ」
「自分は気に障ることをしたんでしょうか…! すごい課題バカバカとくださるんです、笑顔で!」
 真剣に悩んでいるらしい後輩へ、三好宗弥の同室である青年はうーん、とうなる。
 うなり、ためらい。自分が知る事実を告げる。それこそいつかの事件の際に、目の前の青年へにそうしたように。
「三好君は……妹さんを可愛がっているからね」
「いやその、自分は美沙子さんとそういう仲では」
「…無理があるんじゃないか。そのいい分。……そういう仲ではないはないで、とても問題だ。君がひどく軽薄な男になる」
「ぐ」
 数か月前のことだ。三好宗弥はある事件に巻き込まれた。否、事件というにはあまりに私事であり、冒涜的であった―――ある出来事。
 その影響で昏睡状態へ陥った兄を看病する妹を、菅次郎は折につけ訪ねた。支えたいと思った。
「でも、それは、自分はそもそも三好先輩の力になりたかったんですよ」
「ああ。それは彼も承知していると思いますよ」
「ですよね!?」
「だけど」
 我が意を得たりといわんばかりに目を輝かせる後輩に、男は静かに続ける。
「私は関わらなかったけど。彼の周りには…あまりよくない噂が聞こえるようになったね」
「…そうですね」
「妹さんにとっても、それは同じだろう」
「……はい」
「そうなれば…そりゃあ、可愛い妹を守ってくれるようになってほしいだろうよ。君には。強さとは腕っぷしだけじゃあない。頭も必要だろう」
「……そうだったらいいなと思うけど……本当たまにキッツイんです!」
「はは。僕は知ってた。あの男はそういうところがある。頑張れ」
「先輩そればかりですね!?」
「ガンバレ。ほら、帰りにシベリア買ってやりますよ。私の乏しい生活を削り取ってできる君への唯一の支援です」
「甘いものは嬉しいですが、ものすごくもらいづらくなるセリフですね…!」
 頭を抱える菅次郎に、男はふっと笑う。
 まぶしいものをみるように、そっと目を細めた。

 次の日。
 仲村菅次郎はある家にいた。
 ―――そもそもなぜあのような話をしていたかと聞かれたら、今日彼女の元に訪れる約束があったからだ。
 ほんの一部ではあるものの、彼女が管理している、三好家の医学書を返しに来る用事があったからだ。
 兄に返しても構わないが、わざわざ妹にくる理由が、あったからだ。
 彼は言う。借りていた医学書と、朝に持たされたお菓子を差し出し。
「…あの、自分の先輩がこちらのお菓子をくださいまして。一緒にどうか、と」
「あら。わざわざありがとうございます」
 差し出された包みに、三好美佐子はニコリと笑う。
 かつてのように朗らかに、とはいかないまでも。どこか嬉しそうな笑顔だと、彼は思う。
 だからこそ。
「……美沙子さん」
「はい、なんでしょうか?」
「自分、頑張りますので!」
「はい? なにをでしょうか?」  首を傾げて微笑む姿は、花にも似て。
 何事にも懸命な青年は、色んなことを、と強く宣言した。

 三好君も美沙子さんも厳密には「うちの子」じゃないので三好君の同室の人をひっぱってきた。ある時は同室。探索者が寮に行かない時は図書館をぶらつき。時には上野まで出向く始末。元ネタは麗しの魔物で三好兄妹どちらも救えなかった探索者だというくそどうでもいい設定があります。
 ちょっとうろ覚えな部分もありますが仲村君なんかフラグっぽいもので書いてみました。色々な意味で強く生きてほしいです。「なんか、がんばってんな…頑張ってる青年ロールだ…」とときめいてたおぼえはあるので。
 そしてクラムさんとはまた卓を囲みたいです。今度はPLとしてもご一緒したいなあ。
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