ビターなドリンクを召し上がれ

 結城渉は町を歩いていた。
 ふらりふらりと、かすかに冷たい二月の空気を吸いながら。
 彼の視線の先には、美しい女性がいる。
 凪七緒という彼女もまた、町を歩いていた。
 ほんの少し前に合流して、少しだけ彼の先を歩く彼女の手には、僅かに湯気をたてる缶が握られている。
 ―――安っぽいその輝きは、あまり似合わない。
 もの言いたげな青年の視線に気づいたかのように、彼女は彼へと振り返る。

「ココアが飲みたかったの」
「そう」
「でも、これはおいしくないわね」
「まあ、缶ジュースだし。……何か口直しでも買ってこようか?」
「いらない」

 静かに言いきった彼女は、ぴたりと足を止める。
 彼女の後を追う彼の足も、自然と止まる。身長差分の距離を挟んで、視線と視線が出会う。

「渉」
「はい?」
「あげる」

 短い宣言と同時に、白い手の平が彼の手に触れる。
 安物の缶ジュースの温度がほんのりと移った、しなやかな指。
 缶の熱ではなく、その感触に一瞬だけ眉を寄せた彼は、それでも小さく苦笑する。

「…ありがと」

 呟く彼に、彼女は答えない。
 にぎやかな街の喧騒に飲み込まれそうな、小さな感謝の声に一瞥だけ与え、静かに歩きだした。

 それは、二月のある日の出来事。
 足音一つ立てずにあるく彼女と、それを追う彼の間に、浮かれた町の匂いが届いたある日。
 町がチョコレートの香りに支配される日から、ほんの少しずれたある日のお話。

1%でも甘いなら甘くなればいいじゃない! いいじゃない! いいじゃない!
って思ったけどやらなそうだなこういうの。と思いながら書きました。まず二人ででかけたりしなそうだよなこの人達。とも思っているんですが。
好きなんですこういうの許してくださいこういうの。

甘いなにかをご一緒に

 それは、バイトをしているある日のことだった。
 ぽかぽかという陽気が気もちのいい日だった。
 からんころん、あまりこまない時間帯に、店のドアベルが鳴った。

 いらっしゃいませ、と声を上げて、入ってきたお客へと目をやる。
 一人は、かわいらしい女の子だった。女の子、というよりは。女性というべき年齢に見えるのだけれど。なんとなく女の子、といいたくなるような雰囲気の。
 もう一人は、落ち着いた雰囲気の男の人だった。隣の女性に手を引かれ、なんともいえない顔をしている男の人だった。
 ……デートかな?
 かな、と思ってしまったのはあれだ。
 席に案内される間にも、ひそひそ声ながらにぎやかに話す彼女への対応が、こう。保護者っぽい。
 いや、そんな感想を持つほど年が離れているようにも見ないけど。なんだろうね。
 ……まあ。お客の関係をあれこれ考えるのも失礼だ。まじまじと見るわけにもいかないしね。

「要さん要さん! 巨大パフェがありますよこのお店!」
「……それ一人で食べれないでしょ」
「要さんは食べませんか?」
「二人でも多いと思うよ」
「んー。そういうものですか。こういうシェアするようなお店あまり来ませんので分りませんが。そうですか」
「…ほら。パンケーキ食べるんでしょ? 色々種類あるよ」
「おお! とろふわ! とろふわしゅわしゅわらしいですよ! 要さん!」
「うん。良かったね」

 まじまじと見ているわけでも、そこまで大声で話しているわけでもないんだけど。
 なにしろ人の少ない時間帯なので、聞こえてしまう。
 一時期はパンケーキブームに乗ってお客さんがたくさん来たんだけど。たくさん来すぎた。さばけなくて評判が落ちてしまった。
 一枚一枚丁寧に焼いているので、味は折り紙付き。でも。丁寧すぎて焼けるのが店長だけだ。困ったことに。今や閑古鳥が鳴いてしまっている。

 ぼんやりと忙しかったあの頃なんて思い返していると、男の人の方から声をかけられる。
 落ち着いたというかちょっと疲れたような声で、注文を、と。

 伝票片手にテーブルへと向かい、注文を取る。
 彼女の方が、パンケーキとドリンクセット。彼の方はドリンクだけたった。

 店長に伝えて、待つこと数十分。
 ふわふわしゅわしゅわのために取り扱いが難しい生地はゆっくりと膨らんで、甘い匂いが店内を満たす。

「いい匂いですねぇー」
「そうだね」

 あ。ずっと難しいっぽい顔してた男の人、ちょっと笑った。
 ていうか、雰囲気が甘い。
 パンケーキの匂いとタメハル勢い。
 白昼堂々こんなことをするとツイッターに挙げられてしまうよこのご時世。
 らぶらぶかっぷるなうとか投稿するよ。私が。
 しないけどねしないよ客商売の常識的に!

 無言でもだえる間に、パンケーキが焼ける。
 慎重に運ぶと、女の子の方の笑顔が迎えてくれた。
「あ、あ…あ、ありがとうございます」
 はにかんだようにというか、なんかぎこちない感じにお礼を言われた。
 なんだか微笑ましかった。でもどもりすぎだと思う。
 などとは伝えず、にっこり笑って商品説明。
 熱いうちにお召し上がりください。ソースはたっぷり目にどうぞ、と。

「要さん要さん、これ美味しいですよ!」
「そうか。良かったね」
 カウンターの奥に引っ込んだ後も、楽しそうなひそひそ話は聞こえてしまう。
 グラスを拭きつつ聞こえてしまう会話は、やっぱり楽しそう。
 いいなあ。青春だな。縁がないな。店長はおじさんだしな。ふふふ。あはは。
「一口どうですか?」
 ひがんでいるとなんだか可愛らしい提案が聞こえた。
 っていうか、ちらっと見えちゃってるよ。
 ちらっとみえちゃってるよ、俗にいう「はいあーん☆」なそのポーズ。
「……百鬼さんさぁ」
 すごく渋いなにかをかみしめているような声が聞こえる。
「なんですか? おいしいですよ? あつあつですよ? さあどうぞ!」
 すごく楽しそうな女の子の顔がちらりと見える。
「…百鬼さん。口の端っこ。ついてるよ」
「はっ。またやってしまいました? 百鬼憧子またですか?」
「うん。ほら。だからフォークを置いて。早くとったらいいんじゃないかな」
「そうですね! ならなおのこと早く! さあさあ要さん!」
 明らかに話を別の方向に持っていきたかったであろう男性の声に、やっぱり楽しそうな声が返る。
 その声は本当に楽しそうというか、おいしいものを共有したそうというか、うん。そういう気持ちの時があるよね。女の子にはね。
「ああもうほんとにさ…」
 背中というか頭しか見えないけど、男の人が動いた。
 ぱくん、とした感じに。ケーキに刺さったパンケーキに向かって。
 女の子はその動作にとても満足そうな顔をしているようだったけれども。
 なんというか、徐々に赤くなる。
 近いからね。
 しかもなんかその状況のままでいるしね。
 近いままだからね、顔。
「…こういうことはあまりしない方がいいということ分かった?」
「……な、何の話でしょうねぇ」
 甘い。甘酸っぱいよ。空気が。
 リア充だよ。はぜろよ。畜生。
 ホントもう……甘い空気を胸いっぱいに吸い込んで、私はゆっくりため息をついた。

 青月さんよその子萌えだからいけそうなら軽率に書く。書きにくいのは書けないけれど。
 ただ可愛かったなあと思っただけ。でもこんなことしない気もする。まあ、いいか。何年かしたらやってくれないかな。
 結婚式の時は電報を打ちますのでどうか結婚してほしい。(作文)
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