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桜に攫われる

 風が強い日だ。桜が降ってくる。
 桜がふってくるのに、私の髪は揺れない。着ている服も。
 …不思議。
 いいえ、不思議ではない。今更、こんなことは。
 桜が降り積もる先を、見つめてみる。
 薄紅の花の死骸は、非現実的に地面を埋めて―――その桜の木の根元に、白いものがある。
 白い手が、空をつかむようにして。一本。埋まっている。
「―――……」
 分かる。 それは、いつか。私がつかみ損ねた、殺めた手。
 歩いて、膝が砕ける。蹲る。その手の主を殺した時のように。
 あの時もそうして、求めてくれたなら良かったのに。助けを。 違う、あの人の求めた助けは―――だから、私達は。

 ―――そこで、目が覚めた。
 ゆさぶられて、目が覚めた。
「大丈夫ですか…?ひどいうなされ方してました…」
 こちらを見てくるのは、先日とある事件でえらくなつかれてしまった子供だ。
 …私は、今度は助けられた子。
「史美さん?」
「…心配してくれてありがとう、大丈夫ですよ」
 薄闇の中で気づかわし気な目をするその子に手を伸ばそうとして、止めた。
 私には分からない。人を撫でる方法など。この手でできるのは…そんなことではなかった。
 薄く目を閉じれば、薄紅の幻。 あの花は死体が埋まっているから美しい。
 そんないわれを思い出し―――ならば実に似合いの夢だと、そう自分を嗤えた。

それは死体の埋まった花。―――ゆえに、いつか桜にさらわれる。峰松史美。

向日葵畑に取り残される

 出張で訪れた病院の裏側は、一面の向日葵畑。こんな駐車場の傍らで、たくましいこと。
 上司を待つ間、ぼんやりと眺める花は美しい。明るい花の咲く周りは、随分と明るく見える。
 じりじりと太陽が照り付け、空気が暑さで歪み―――一瞬。眩暈がした。
 ―――ゆるく結わえた明るい色の髪。小さな背丈。
 ゆっくりとした歩調で、幻がこちらを見ている。
 優しい笑顔で、こちらを。
 顔が強張るのが分かる。反射で手が伸びるのも。
 手が伸びて―――白昼夢は、すぐに終わった。
「……あたりまえよ……」
 触れられるわけがないし…触れられても、困る。
 もうあの笑顔は、あの人は。姉は。
 記憶の中にしかいない。いてはいけないものだ。けれど。
「……昔、そういえば家族でいったわね、こういうとこ」
 明るい花に囲まれて、馬鹿みたいに笑ってたあの姉の隣で、私はどういう顔をしていたんだっけ。
 思い出せないほどの遠くに、心が少しきしんだ気がした。

明るい場所に取り残される。海山光典。

彼岸花に囲まれる

 奇妙な夢で出会った彼らは死んでいた。
 探偵に頼めば、彼らの墓も知れた。 知れたから、墓参りにきた。今日は、医学生の方に。
 まだ若くて…頼りなくて。それでも、あの夢の中では。色々と…色々と、頑張っていたわね。なにもしなかった私と違って。
 頭をふる。それはもう、仕方ないことだ。割り切らなければ、気が狂う。
 帰宅するために階段を上る。けれどもなんとなく、なんとなく。振り向いてしまい―――…息をのむ。
 動物に掘り起こされるのを防ぐためだろう、墓の周りに植えられた彼岸花。 少し上から見たそれは、まるで。血か何かのようだ。
 鮮やかで、赤くて。もう、その巡りは彼らにはないのに。あまりに、鮮やかで………
 ヒクリと喉が鳴る。 こんなもの、ただ植えられているだけだ。
 だのに。なぜ、こんなにも。ああ、もう。 不吉なものに見えてしまうのか。…不吉? 血が?
「…血が不吉で医者なんてやれないわよ」
 ああ、私はもう、やれないのかしら。 …いいえ、いいえ。なんでもいいから。なにかやらないと。 生きてしまったから―――なにかをやらないと。
 だから、再び階段を上る。 ―――血も死も、あるいは狂気も。そんなものはどこにでもあるのに。
 なんでもないものに不吉さを覚えおびえる自分は、なんて滑稽なのかしら。

心は半ば墓の下。彼岸花に囲まれる。海山光咲。本当に彼岸へ行く少し前の姿。

薔薇に話しかける

 真っ赤な薔薇に囲まれて目が覚めた。
 これは夢だろう。それとも、またおかしな夢だろうか。神様とか、可哀そうな子供とか。そんなのもう、お腹いっぱいだ。…いや、いっぱいにはなってないかな。
 それはさておき、現実ではないだろう。どうみても。
 天蓋付きのベッドの上、薔薇に囲まれて起きる心当たりはないから。
 ぐるりと辺りを見回す。薔薇だ。
 歩いて扉を探す。ない。薔薇だ。 困ったな。これは出られない。
なんとなく薔薇を見る。とても綺麗で、鮮やかな赤。
「ねえ、そこの綺麗なお嬢さん。出口知らない?」
 冗談で口に出してみた。 勿論答えはないし、あっても嫌だ。 …いや、別に。 出れるなら、教えてくれるのが薔薇でもいいけど。
 ―――そう思った時、目が覚めた。
 私は私室の机につっぷして、どうやら眠っていたらしい。
 それと同時に、薔薇の香りがする。台所の洗面器の中から。
 そうだ、所長が。もらったからおすそ分けとか言って。くれたんだ。綺麗な薔薇をいくつか。いけようかと思ったけど花瓶を探すより先にお風呂に入りたくて…そのままつけっぱなしだったな。
「…だから拗ねたのかな。我が侭なお嬢さんだね」
 冗談めかして言ってみた。勿論薔薇は、応えない。
 それが正常な世界というものだ。うん。

華やかなものに話しかける。藤伸有嘉。狂気に近い女。

百合に話しかけられる

 ふわり、甘い香りがした。
 振り向くと、百合が数輪揺れている。
 辺りを見回すと、いつのまにか綺麗な色とりどりの百合が、びっくりするほどたくさん咲いている。…綺麗な夢。
 ふわりふわりと、甘い香り。 こっちにおいでと、言われているかのようなそんな甘い香りだと、なぜか思った。
 思った瞬間―――百合の合間に、小さな影を見た。
「……」
 それはいつか、私が連れて帰れなかった。小さなあの子。あるいは…そうでなく、もっと違うものか。
 できれば、あなたがいいのだけど。だって、あなたが呼んでくれるなら。助けを求めてくれるなら、それはしあわせなことだった。
 しあわせになりたいというのなら―――助けをもとめるべきだったわ、あなたは。
 そう伝えたかったの。教えたかった。
 だから追おうとして―――目が、覚めた。
「…そうね。あなたの花はあなたじゃないものね」
 あなたにはああいう花の方が似合うと、私、今でも思うのだけど。

清純なものに話しかけられる。三ツ木紗夜。美しいものを愛する女。

睡蓮と共にいずれ泥に沈む

 気づくと足元が泥で埋まっていた。泥、違う。沼、かな。
 だって、睡蓮が咲いている。 周りを見渡す限り、たくさん。目がくらむほどに。
 …いくら私が迂闊でも、沼に入る趣味はないはずだけど。
 陸地を探そうと、もう一度当たりを見回す。 見回して、目を疑う。同時に、これは夢なのだと気付いた。
 だって、岸辺に人がいる。もう二度と会えない、会えるはずのない。会ってはいけない。ふわふわとした髪を背に流した、その後ろ姿。
 辛かったはずなのに、ひたすら歩き続けた人が、そこにいる。
「―――ちゃん…」
 追おうとして、足がもつれる。当たり前だ。泥だし沼だ。
 けれど、それがなんだろう。 泥より沼より辛い所を歩いた人だった。歩いて―――それで、最後まで。
 最後まで歩いた彼女の結末が、どうして。なんで。あんなものしかなかったの?
 どうして? …いいえ、分かってる。 あれが正常な落としどころだったことなんて、本当は。
 それでも私は、あなたに。どうしても。ねえ。待って。
 泥の中を歩く。歩くのに、いつまで立っても岸辺につかない。手が届かない。
 いつもいつも、彼女だけでなく。いつも。それでも、諦めなどつかない。
 彼女のことも同じだ。諦められる日などこない。だから、これが夢でも、意味のない嘘でも、あなたに。どうしても。せめて…
「…幸せになってほしかった」
 せめてそれだけでも、あなたに届いて欲しい。
 あなたの幸せを望むものがいたと――…届いて、いたのだろうか。

 目が覚めれば、足もとに泥などない。目の前に、彼女の姿も。…当たり前だ。そんなもの。
 彼女は死者で、私は死にたくないから。だから今も生きている。
 本当に、すべて、全部。………当たり前のことだ。

いつか沈むその日まで、後悔という泥沼を歩む。中崎慧香。

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