太陽
目の前には絵がある。僕がかき上げた絵だ。
我ながらなかなかの出来であり、見ていると良い気分になる。…でもな。
でも、受けないかもしれないな。
僕は基本的にオカルト画家だ。
狂気を、怪異をモチーフにして、コアな層に受けた。
だのに、これは美しい絵だ。
細い肩を流れる豊かな髪。影ができるほどに長い睫毛。控えめにはにかんだ唇には生き生きとした赤色をのせ、頬もまた健康的なバラ色に仕上げた。
ただの美しい絵だ。
僕でなくとも描ける。
…おまけに。
モデルになった少女は、これより美しいのだから恐れ入る。
「どうかしましたか?」
澄んだ声が、隣から聞こえる。
性懲りもなく跳ねる心臓を抑えて、隣を見やる。
美しい少女は、この絵のモデルは不思議そうな顔をしている。
それが不思議そうな顔だと分かることが、そして彼女が『疑問』を抱く存在であることに、途方もなく安堵する。
かつて、疑問も否定もなく、ただただ頷くだけだった姿を知っている。
そのように壊れた姿を知っている。だからこそ、今この変化が尊く―――どうにも落ち着かない。
出会った頃と背丈は大差なく、それでもスラリと伸びた手足。
出会った頃よりほんの少し頬の肉がそげ、けれどやつれたわけでなく。より成熟した美しさを見せつける横顔。
そのすべてに、なんというか。落ち着かない。どうにもこうにも、仕方ない。
「…これは売れないなと思ってね。せっかく協力してもらってなんだが。僕の顧客の趣味ではないだろうから」
「…モデルに問題があるんでしょうか?」
「まさか」
ただの僕の客層の問題だよと笑えば、彼女も笑う。なんて美しいのだろう。なんと美しい生き物だと、初めて出会った時から思った。
彼女とすごしたこの数年は、何度思ったか数えていない。
追いつかない。数えきれない。ああ、本当に。落ち着かない。
断じてやましい―――性的な思いではない。
もっと、ささやかな。おそらくは恋だ。
自分と共に歩いてほしいとは思えない。ただただ美しいから眺めていたいという、子供のような感情。
あるいは、僕が本当に子供ならば。もっと素直に隣を望んだのかもしれないが。
彼女は子供だ。それも、かなり特殊な。
僕は大人だ。いい年のおっさんだ。
ならば、こうして。絵のモデルになってもらうくらいが適切。いや。いやいや。そろそろギリギリだ。こうして二人、アトリエにいるのはギリギリだ。中々に犯罪だ。僕は無罪だが、世間はドルオタに厳しい。冤罪をかぶってしまう。
彼女だけでなく、彼女の暮らす孤児院―――僕が紹介した孤児院の全員を、同じように描いてはいるのだけれど。
我ながら、彼女の絵は筆の進み方が違う。羽のように軽やかだ。
今この一瞬の彼女を、描き残したくて。筆が走ってしまうのだ。
「けど、一生懸命書いたものが売れなければ、困ってしまうでしょう?」
「別のが売れているからいいよ。しかし。ね。アトリエのスペースは有限だから、そのうち片づけなきゃいけないかと思うと憂鬱なんだ」
嘘ではない言葉を紡げば、彼女がそうですか、と呟く。
外で降りしきる雨音にまぎれそうなその声に、やはり落ち着かない気持ちになった。
「…なら、売ってくれませんか?」
「え」
「私もバイトを始めましたから…すぐにとはいきませんが。売ってくれませんか?」
「…そりゃ君がいいなら、いいけど。買ってどうするの? 君の絵だよ」
「飾ります。好きですから。筑城さんの絵」
ああ、まったく。
まったく、なんてことを。と天を仰いでしまいたい。
好かれているのは絵だ。
こちらはこれで食ってきた。作品として仕上げた以上、常に一定水準だという自負はある。しかし、これは反則だろう?
絵の中よりも色の薄い、けれど絵よりも美しい唇が紡ぐ「好き」という言葉。
これにのぼせるなというのは無理だ。
のぼせて―――彼女に思いを告げるというのも、無理だ。
結局、途方もない多幸感は僕の胸の中だけにとどまって、ぐるぐると心うを熱くする。
「筑城さん?」
「いや、感動していただけだよ」
「そうですか」
「うん。そう。あの君に好きなものができたかと思うと、どうしよもなく感動してしまって…じゃあこれは、予約品として丁重に扱うよ」
価格は適切なものとしておこう。
変にまけずに、それなりの額をつけておこう。
それを払い終わったら、彼女との一区切り。
その時彼女の傍らには、似合いの素敵な王子様がたっているかもしれないし、立っていないのかもしれない。
なんにせよ、また一つ大人になった彼女が見れる。
「はい。…頑張りますね」
「うん」
カボチャの馬車を作る系な魔法使いを自負する男として、それはこれ以上ない幸福で。
彼女が幸福に生きることが、世界にあるありとあらゆるもののうちなにかを『好き』と評することが。
僕の福音であり、幸福なのだから!
太陽…筑城高志。成功・祝福を手にした男。もし逆位置なら不調・落胆・衰退でもあるでしょう。見た目が事案的な意味で。
魔法使いポジ・足長おじさんポジで彼女を見守りたい系男子。足長おじさんのラストまではなぞりたいと思っていないよ。そんな大それたことは思っていない。
彼女を救えた、それだけで僕の人生は最高だ!の人。めっちゃいい奴で紳士だがドルオタ。怖いものは、冤罪。もう探索者として使う予定もないので、幸せに生きていくことでしょう。彼は。
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