正義

 とある任務の待機時間。机に腰かけて足をぶらつかせる千吉に、つい小言が漏れた。
「椅子、あるだろ。そっちに座ればいいんじゃないか?」
「腹立つ依頼主の机に座る気分はええもんやで?」
「そんなことするより、仕事で見返せばいいんじゃないのか。君ならできるだろう?」
「そりゃ当たり前やけど……お前はホント、ええこちゃんやな」
「ちゃん言わないでくれないか。俺は19の男だよ」
「と、思ったらちっちゃいこと気にするなァ」
 ちっちゃいちっちゃいと繰り返して、からからと友が笑う。
 僕は笑えているだろうか。
 分からない。
 とりあえず、彼と自分の身長が同じくらいだと口にすると余計に笑われそうだということくらいしか分からない。
「…特にいい子を心がけている意識はないよ。僕は当たり前のことを、当たり前になしている」
「そういうのが優等生ちゅーのに。律儀なやっちゃ。
 いやまったく、お前に手本を示すは必要ないなぁ」
 見本というのはあれだろう。彼の口癖―――私立御斎学園の生徒の見本になる、というあれだろう。
 確かに、僕にそれは不要だ。既に枷をはめたこの身には、そんなものは。
 規範。要は、判断の基盤。
 僕の場合、それは両親なのだろう、恐らくは。
 あの人達に堅苦しくなにかを望まれたことはないが。
 正義は彼らに、そして現在所属している流派にある。そこに個人の意見が入る余地などない。いれたら、辛くなるだけだ。
 そもそも、そんなものないからこそ、僕はこうだ。
 誰も何もいってくれなかったから、規範をなぞるしかない。
 …千吉に会う前は、もう少し。違う規範が、あったのだけれども。それはもう昔の話だ。
 今はだた、正しく、断りどおりに。なすべきことをなし続ける。
 斬るべきものを斬り続ける。
 そうすれば……
 そうすれば?
 どうだと言うんだ。今更。
 ふ、と笑いが漏れる。きっと、自嘲の笑みだ。
「なんやぁ? んなに受けるような部分あったか?」
「いや。ない。…つられ笑いだろ」
 おそらく苦しいだろう言い訳に、千吉は笑う。
 カラカラと。朗らかに。
 これを模倣しているハズなのに、なんで俺のはああ暗いのか。
 気質かな。
 あるいは…あるいは。
「そりゃええな」
 俺はこいつにも心を開けていないのだろうか。
 俺の基盤は、正義はこいつのそれとは違うが。暗い気持ちでいた時に、支えてくれた友だというのに。
「そんなに良いか?」
「お前はお堅いからなぁ。ちぃっとくらいちらんぽらんなのに引きずられた方がええやろ」
「自分で言うなよ、ちゃらんぽらんとか」
「オレが言わんでも、お前が言うやろ」
「そりゃそうだが。言われないようにしてくれよ。君に小言など、言いたくないさ」
 友人にあれやこれやと口を出すのは、あまり正義ではない気がするし。
 内心でそっと付け足した言葉が聞こえたように、彼はやはり苦笑した。

 正義…内倉竜夜。公正と公平を愛し、均衡をとりながら正しい裁判を下す者。彼の場合は、それに縋る者。少なくとも今はまだ。
 せっかく女神だからできれば女が良かったけれど。一番お堅くて正義の人は彼だった。まあ、信念情だけど。セッションの一年前くらいを想定してます。この頃は正義の人だったんじゃないかなあ。今も正義の人ではあるよ、きっと。
 それよりも大事にしたい者がいると、認められるようになったけれど。
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