同居一日目のお話

 フライパンにバターを落として、タマネギを炒める。
 しんなりしてきたら、小麦粉を落とす。
 ダマができないように気を付けて、根気よく。
 頃合いをみたら牛乳で伸ばして。レンジであたためたニンジンとほうれん草を追加して。次にエビなんて入れてみる。ちょうどよく煮えたマカロニは、女性だからと選んでみたリボンのアレだ。
 部屋中に広がる、バターの香り。
 くつくつと煮えていく、我ながら目にも美味しそうな食材たち。
 …こんな人間らしいメシは久々だ、案外作れるもんだな……
「あ。おいしそうですね」
 ……なんて、ひたってる場合じゃねぇよなあ。
 キッチンを貸してくれた女性の方を振り向く。
 今は椅子に腰をかけた彼女は、不思議そうに首を傾げた。

「どうかしましたか? 加茂井さん」
「…どうかしたつーかさ、…本当にいいんですか、あんた」
「好物はグラタンで間違いありませんよ?」
「そっちじゃなくて。マジで俺をおいてくれるの?」
「ええ、言ったでしょう?」
「聞いたけどさ…」
 まじまじと彼女を見る。改めてみる。
 可愛らしいといって間違いない女性は、不思議そうに言う。
 不思議なのはこちらだ。
 なんだその、可愛そうなものを見る目は。
 いや確かに俺は可愛そうだが。我ながら。
「……繰り返すけどさ。八神さん。ご自分の性別への自覚は?」
「それも言ったじゃないですか。おかしなこと、しないでしょう?」
「……そりゃあしませんがね?」
「ならいいじゃないですか」
 いや良くはないだろう。
 あんたの好みはマトモなタイプなんだろう。マトモじゃないのを家に上げるな。
 ――――他人を。そんなに。簡単に。信用するな。

 浮かんだ言葉に舌打ちしそうになって、お玉と耐熱皿を手に取る。
 急に背中を向けた俺に、彼女は何も言わなかった。

***

 …そんなに簡単に人を信用してどうするんだ。
 人は簡単を裏切るのに。
 俺は借金がいるといっただろうに。
 金をとっていくとは思わないのか。
 しかも足が悪いんだろう? 好き放題されてしまうだろう、その気になったら。
 なんでんなに簡単に信用するんだ。あんなおおかしなところであった、おかしな人間を。

 焼けていくグラタンを意味もなく見ながら、やはり舌打ちしたくなる。
 あのおかしな空間で、彼女は誰も疑っていない風だった。
 あんな状況でさえどこかほえほえと、今はあやしい異性と二人きりだというのに、ほえほえと。
 ………警戒している俺があさましく思える。
 違う、あさましくなんてない。
 当たり前じゃないか、そのくらい。
 それが当たり前で、人間なんてそんなもので……
 チン、とオーブンのタイマーが焼き上がりを告げる。
 扉を開けて取り出したグラタンは、こっちの気も知れずに中々のデキだった。

***

「おいしいです」
「…そりゃよかった」
 行儀よく手を合わせた後に焼きたてのグラタンを口にして、八神さんが笑う。
 つられて笑ってしまいそうなくらい。和やかな笑顔だ。
 …いや本当、前にもヒモを拾ってたとか聞いていなかったらうっかり惚れかねない。
 聞いてしまった今、そんな色々ありそうな女は嫌だが。
 ……いや。違うか。
「…そんなに深く考えなくてもいいんですけどねえ。他意はありません。かわいそうだな、って思っただけです」
「俺は何も言ってませんよ」
「言いたげな顔をしていましたので」
「……そうですか。…まあ、言いたいことそのままですよ。…うん。カウンセラー目指してるっていってましたもんね。そりゃ分かるか」
「…あなたは特にわかりやすい気がしますよ?」
 おかしそうに笑う彼女に、こちらもぎこちなく笑い返す。

 …別に、会い方が違くても。ヒモの一件を聞いていなくとも。
 この女に惚れることはなかっただろうな。俺が今の俺ならば。

 直視するのには少し眩しい笑顔に、苦く笑うことしかできないのだから。

 まさかお持ち帰りエンドされると思わなかった。笑った。実に笑った。そして加茂井は八神さんのことがすごく心配だけど、色んな意味出ていくべきだなあ、と思いながら。しばらくいすわるんじゃないですか。金稼ぎたいから。
 また同卓できたらいいですね!
 2018/02/01
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